正解を捨てて、予測不能をあそぶ。——評価の物差しを外した先に生まれる『わたしたちの輪郭』

「上手く描けたね」という言葉が、時に子どもの自由を奪うことがあります。
経験がありませんか?
図工の時間に絵を描いていたら、横から先生に褒められた。その瞬間から、「次の一筆で評価が落ちるかもしれない」「先生にがっかりされるかもしれない」と、先に進めなくなってしまったこと。
「評価」を上げるって、あらかじめ決められている『正解』という物差しに自分を当てはめる作業のようだと感じる事はありませんか。
テストの点数や効率、「それって正解?」
評価に囲まれて生きる現代の子どもたちは、常にその物差しに晒され、そこから外れることを本能的に恐れています。
いいえ、それは子どもたちだけではないかもしれませんね。仕事先、家庭内、子育て、生き方に関わる全てで、私たちは常に『正解』と言う名の評価におびえ、どこかで不安を抱えて生きています。
(→といのねVol.2 『すてきな不正解を求めて』後日アップします)
今回、枚方市社会福祉協議会、および枚方市総合文化芸術センターと共に取り組んだアートイベント『心のタネを咲かせよう』。
この「こころのタネ」は、国内外で私が実施している共創アートプログラムの一つです。
絵を完成させるプロセスの中で、あえて自分と他者の境界線を曖昧にしてみる。
「私の絵」という領域をなくし、誰かに判定される「評価の物差し」を取り除いた場に、一体何が生まれるのか。
これは自意識やコミュニケーションの在り方を根本から問い直す試みでもあります。
【プログラム内容】
自分のタネを一つ描き、そこから葉が生え、花が咲き、実がなり、根っこが伸びる。
その過程を全員が同じ画面を共有しながら描く共創アートプログラム。

1.「自分の境界線」が消える解放感
イベントの最中、ある保護者の方が漏らした言葉が、このプログラムの本質を突いていました。
「これなら自分の絵が周りに溶け込んで、どこに描いたかわからない。だったら下手も上手いも気にせず自由に描けそう。
私たちはこれまで、自分の描いたものを常に『責任』として背負い、その度に評価されてきた気がします。それを当たり前だと思ってた…子どもの時に、こういう経験をしたかったなぁ」
自分の領域を明確にし、結果に対して責任と評価を背負い続けることの息苦しさ。
そこから解放され、他者との表現と混じり合うことで自分の輪郭がどんどん曖昧になるっていく。
自分を全体に溶け込ませること。
それは、決して自己喪失ではありません。
むしろ評価という呪縛を解き放ち、純粋な表現の喜びに立ち返るための自由の獲得なのです。

それは、かつての自己犠牲的な集団主義とは真逆の体験です。
個を削って全体に合わせるのではなく、全体という大きなものに守られることで、個が解放される。
評価される緊張感から抜け出したとき、不思議とその人本来の個性が現れます。
自分と世界が地続きだという安心感が持てたときこそ、枠をはみ出す勇気を持てるのです。

2.「不本意さ」を受け入れる、真の寛容さ
そしてもう一つ、この場では他者と混じり合うことの不快さも、子ども達は経験します。
お気に入りの箇所に隣の子の絵が浸食してくる。自分の意図しない色を重ねられ、汚された感覚。
それは、決して愉快ではありません。納得出来ないこともあるでしょう。
しかし、他者をノイズとして排除するのではなく、その不本意な変化をも受け入れ、混じり合う。その先に、自分一人では到達できなかった新しい景色を発見する。
これこそが、多様性(ダイバーシティ)を生きる現代に必要な「寛容さ」であり、アートを通した高度なコミュニケーションの訓練なのです。

3.「予測不能」なときこそ、創造性が踊り出す
プログラムは30分×4部の構成で行われました。
1回目は真っ白な布にたっぷり描けますが、回を重ねるごとに余白は消え、ちゃんと描ける場所=『正解』が失くなっていきます。
しかし、子どもたちの創造性が爆発するのはそこからです。
描き込む隙間がなくなれば、人の描いた線の間を見つけ出し、自分の体を細く沿わすように根を描く。それでも足りなければ布という枠を飛び出し、自分の手足さえもキャンバスに変えていく。
設定された枠組み(布)が機能しなくなったとき、彼らは正解を求めるのをやめ、自ら環境を再定義し、新しいルールを創り出しました。
この予想不能な状況を、楽しみ、自ら道を切り開く力こそ、これからの社会を生き抜く真の知性です。

4.日本という「硬い評価」の外へ
私が「評価」の危うさを感じるのは、インドやフィリピンなど、日本とは全く異なる常識の中で生きる子どもたちと対峙してきたからです。
日本で良いとされる評価も、一歩外へ出れば全く通用しないことがあります。常識は、場によって常にアップデートされ、臨機応変さが求められます。
日本の子どもたちに必要なのは、器用に正解をなぞるスキルではありません。どんな環境、どんな常識の中に放り出されても、「自分は自分である」と胸を張れるタフな感性を育むこと。
そのために、この共創アートプログラムはあります。
【共創の種を、社会へ】
今回は、自分の個性を作品の中に溶け込ませ、他者の表現と混じり合うことで、結果として『本来の自分』を発見するプロセスでした。
評価という物差しに乗り続けると、自分は本当は何をしたいのか。どこに進みたいのかが分からなくなってしまいます。
だからこそ、一度全体の中に自分を溶け込ませ、自意識をリセットすることで、本来の純粋な自我を見つけ出すことが出来るのです。
この評価のない共創の場を、教育現場へ、そして組織の在り方へ。タネは、境界線を越えて広がり続けています。



【わたしたちの輪郭(It is ours Project)】
境界線を溶かした先の予測不能な世界を共にひらき、あそぶ。
このアートプログラムを、日本の教育現場や、子ども達の居場所づくりに取り組むみなさまへ届けています。
共に「わたしたちの輪郭」を描き、広げていくパートナー(行政・教育関係者・企業の皆さま)を探しています。
ご興味のある方は、お気軽に【お問い合わせフォーム】からお声がけください。


